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<title>虹の谷</title>
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<description>神宮清（かんのみや・さやか）のオリジナル小説「虹の谷」。 祖母の死と同時に開花した不思議な力を胸に、主人公エメの石たちに導かれた神秘的な旅ははじまったーーー。</description>
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<title>Tell me why.</title>
<description> 日が傾き始めた頃ミハイルの家に帰りついた私は、さすがに疲れてベッドにごろんと横になった。ヌンと出会ったことが、何かの暗示に思えてドキドキしていた。この旅で出会う人々とは、初めから出会うことになっているのだと心から確信した。それだけでなく、これまでの人生で出会ってきたすべての人だってそうだし、これから先出会う人だってそうなんだ。用意されているんだ。でも、誰によって？何のために？何を解き明かそうとして
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<![CDATA[ <br />日が傾き始めた頃ミハイルの家に帰りついた私は、<br />さすがに疲れてベッドにごろんと横になった。<br />ヌンと出会ったことが、何かの暗示に思えてドキドキしていた。<br />この旅で出会う人々とは、初めから出会うことになっているのだと心から確信した。<br />それだけでなく、これまでの人生で出会ってきたすべての人だってそうだし、<br />これから先出会う人だってそうなんだ。<br />用意されているんだ。<br /><br />でも、誰によって？<br />何のために？<br />何を解き明かそうとしているの？<br />みんなそこへ、向かっているの？……<br /><br />その問いへの答えは心の奥の点のようなところにあるのだと思う。<br />沸き起こった疑問は答えの無いままに空中を漂って私から離れていき、<br />それからまた別の考えが浮かんできた。<br /><br />人と人との繋がりは蜘蛛の巣のようにあちこちで結びついていて、<br />どんどん辿っていけば世界中のみんなと実は遠い遠い知り合いなのかも知れないな。<br />そしてさらに遠く遠くへと辿っていったら……結局自分に辿り着くよね？<br />それが、現在という時間の中で横に繋がる糸であって、<br />過去・現在・未来が繋がっている時間軸が縦の糸なんじゃないのかな。<br />それがクロスする時に、同じ魂と違う時代に再び出会ったりするんじゃないかな？<br /><br />また縦と横、か。<br />アンコール・ワットで見た、<br />宇宙に広がる織物のヴィジョンを私は思い出していた。<br /><br />すると突然、閉じている目の中が、<br />目の前に太陽が現れたかのように光り輝いた。<br />そして眉間のあたりがぎゅんとして、<br />眼球が両側に開くような変な感じがした。<br />経験したことのないことに直面している、と冷静な私の理性が忠告したけれど、<br />恐怖心は全くなかった。<br /><br /><br />瞳の中に世界があることを私は知った。<br />光り輝く無限の広がりであるその世界に、一枚の曼陀羅が現れた。<br />線だけで出来ていて、その線は虹色に輝いている。<br />目の中で目を凝らすと、曼陀羅の中央に座禅を組んで座っている誰かが見えた。<br />見えたのだ。<br />私の胸はその誰かの発する光とも愛とも言えない「何か」に打ち震えた。<br />尽きせぬ愛が、ネパールで浴びたあの光の粒よりもっと強く私に降り注いでいた。<br />そう、あの寺院には……ブッダの末裔であるシャカ族が住んでいた……<br />そして今、私が目にしているのは……曼陀羅の真ん中に座しているのは……<br />ブッダその人だった。<br /><br />ああ、なんという光……。<br />次第にブッダが観音様のようにも見えてきた。<br /><br />ああ！　そうだ！<br />カンボジアで見たのは、観音様だった……バイヨンで……<br />タクシー兄弟が説明してくれた、あれは慈悲の女神だって……<br />そして、それは多分観音様のことだって祥子が言ったんだ……。<br /><br />光がフェイドアウトし、私の目の中は普通の砂嵐のような世界に戻った。<br />私はしばらくベッドから起き上がることができなかった。<br />感動で、動けなかった。<br />まだ体中にあの愛の感覚の余韻が残っていた。<br />ブッダは男性で観音様は女性だと思っていたけど、<br />それをひとつの姿に同時に見たことが衝撃でもあった。<br />それが何を意味するのか、その時の私には見当もつかなかった。<br /><br /><br />私はそのうち寝てしまったみたいで、<br />気がつくと白んでくる朝の気配がすっかり辺りを包み込んでいた。<br />私は妙にはっきりと目が覚めてしまい、近くの公園に散歩に行くことにした。<br />結構な広さのその公園には太極拳をしている中国系の人々のグループや<br />ジョギングに励むいろんな人種の人々がいて、<br />静寂と活力が溶け合った清々しい空気に満ち満ちていた。<br /><br />朝だなあ、としみじみ思った。<br />昼にも夜にも味わえない、朝の空気。<br /><br />はじまる喜び。<br /><br />新しい空気。<br /><br />太陽の光。<br /><br />静から動へ。<br /><br />よし、私も今日から新しくなろう。<br />朝はきちんと起きよう。<br />食事に気をつけよう。<br />思ったことを行動に移そう。<br /><br />私はビルの合間から沸騰するかのように登ってきた太陽にそう誓った。<br /><br />私、毎日を真剣に生きます。<br />そして、しあわせに近道します。<br />必要無いことはしません。<br />本当にやりたいこと、心と体が本当に喜ぶことをやります。<br /><br />太陽は、どことなく嬉しそうにビルの間を上昇していった。<br />しっかりと私の誓いを抱きながら。<br /> ]]>
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<dc:date>2009-11-12T00:35:06+09:00</dc:date>
<dc:creator>kannomiya sayaka</dc:creator>
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<title>永遠の友達。</title>
<description> その週末、ケイに頼まれていた巻スカートを買うために、私はウィークエンドマーケットと呼ばれる巨大な市場に出掛けた。ギネスブックに載っている程大きなそのマーケットには小さなお店がぎゅうぎゅうとひしめき合っていて、通路も狭い。以前来た時、一度通り過ぎたらなかなかそのお店には戻れないから、一度欲しいと思ったらその場で買うのが鉄則だよと祥子が力説していたのもよくわかる。私はその巻スカートを買ったお店を思い浮
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<![CDATA[ その週末、ケイに頼まれていた巻スカートを買うために、<br />私はウィークエンドマーケットと呼ばれる巨大な市場に出掛けた。<br />ギネスブックに載っている程大きなそのマーケットには<br />小さなお店がぎゅうぎゅうとひしめき合っていて、通路も狭い。<br /><br />以前来た時、一度通り過ぎたらなかなかそのお店には戻れないから、<br />一度欲しいと思ったらその場で買うのが鉄則だよと祥子が力説していたのもよくわかる。<br />私はその巻スカートを買ったお店を思い浮かべながら、<br />記憶を頼りに物質の大洪水の中へと突入した。<br /><br />最初にビーズのアクセサリーを買ったお店を通過。<br /><br />それから、キャミソールを買ったお店。<br /><br />そして確かこの辺り、と思う路地をぐるぐる廻っていたら、<br />あっという間に自分がどの辺りににいるのかすっかりわからなくなってしまった。<br />おまけに人がどんどん増えてきて、熱さと人込みで頭がぼうっとしてくる。<br />私は取りあえず人込みから脱出したくて、外へ外へと逃げるように歩いた。<br /><br />中央の密集地帯の外には車が通れるほどの広さの道路がぐるりと走っており、<br />さらにそれを取り囲むようにお店が並んでいる。<br />私はふらふらと彷徨うようにその外側のお店に沿って少し歩いた。<br />すると、そこだけ通路が奥の方に伸びている人気のまばらな通りがあった。<br />私は吸い込まれるようにその通りに入っていった。<br /><br />中心部にはなかったようなアートっぽい作品を並べたお店が軒を連ねていたので、<br />ここは東京で言えば裏原宿なんだろうなあ、などと<br />訳のわからない例えを思いつきながらさらに奥へと進んでいくと、<br />そこにはビーチにありそうな大きなパラソルをいくつか並べた<br />カフェらしきものがあった。<br /><br />私は助かった、とばかりに<br />石でできた硬くてひんやりしたベンチに雪崩れ込むと、<br />ふうと息をついて目を閉じた。<br /><br />「アー・ユー・オーケイ？」<br /><br />ん？　ケイ？……と虚ろな頭でデジャヴュを感じながら目を開けると、<br />緑色に髪を染めた小柄なタイ人の女の子が心配そうに私を覗き込んでいた。<br /><br />大丈夫、ちょっと疲れただけ、と笑って見せると、<br />その子も安心したようににっこりと笑い、<br />飲み物を飲むジェスチャーをしながらペプシ、ナ？　と聞いてきた。<br />私はうん、と頷き、彼女はお店から二本のペプシとストローを持ってきた。<br /><br />&#12317;ここは友達のお店。私はヌン。あなたは日本人？&#12319;<br /><br />彼女は子犬のような濡れた瞳で片言の英語を一生懸命話した。<br /><br />&#12317;うん。私はエメ。よろしく&#12319;<br /><br />&#12317;エメ、疲れてるように見えたから…タイは暑いから……お腹、減ってない？&#12319;<br /><br />&#12317;んー……ちょっと減ってるかも&#12319;<br /><br />&#12317;ちょっと待ってて！　ここにいてね！&#12319;<br /><br />ヌンは本当に子犬のように通りを駆けて行ってしまった。<br />私はその小さな後ろ姿を見てなぜかきゅんとした。<br />タイは微笑みの国というだけあって、<br />人々は目があうと少しはにかんだ微笑みを返してくれる。<br />その一方で観光客を騙そうと近寄ってくる人も少なくない。<br />でも、その違いは明らかだ。<br />目をみれば、すぐにわかる。<br /><br />スタスタと小走りしながらビニール袋をぶらさげて再び現れた彼女は、<br />ずっと前から友達だったかのような自然な笑顔でこう言った。<br /><br />「これ、食べて！　アローイ」<br /><br />アローイ。<br />それはおいしいっていう意味だ。<br />どこの国に行ってもたいてい最初に覚えるのはこんにちは、ありがとう、<br />そしてこの『おいしい』って言葉。<br />食べること、歌い踊ること、それは言葉のいらないコミュニケーションだと私は思う。<br />そのシンプルなコミュニケーションが私は大好きだ。<br />コップンカー、とヌンから受け取ったその袋には、<br />コーヒーゼリーのようなものが入っていた。<br />スプーンでつるりと流し込むと、シンプルなゼリーに黒密をかけたような、<br />どこか懐かしくすっきりした甘さが口の中に広がった。<br />疲れがふっと風にのって飛んで行ったような気がして、<br />私はヌンにもう一度お礼を言った。<br /><br />“ありがとう、疲れがとれちゃったみたい！　”<br /><br />“よかった！　エメ、買い物に来たの？　”<br /><br />“うん、巻スカートを買ったところを探してて……　”<br /><br />私はバッグの中に例の巻スカートを持ってきていたことを思い出し、<br />最初からこれを見せて誰かに聞けば良かったんだと思いながらヌンにそれを手渡した。<br />すると、彼女の濡れた瞳がキラリと光った。<br /><br />“これ、私の友達のお店のだよ！　私案内してあげる。<br />　なぜだかわからないけど、エメとはずっと友達みたいに感じるから……。<br />　私、普段はとってもシャイなの。<br />　はじめて会った人とこんなに話したりしない。私、変かな……？　”<br /><br />少し不安げな子供のように純粋な目でヌンは尋ねた。<br />どこか寂し気で、でも壊れちゃいそうなくらいまっすぐでピュアなものを発する瞳。<br />さっきから私、彼女の瞳にばかり目がいってる。<br /><br />“全然変じゃないよ。私もヌンのこと、ずっと知ってるみたいに思うの。ありがとう”<br /><br />そういって私が右手を差し出すと、<br />彼女はうれしそうに、でもちょっと照れながらその手を握った。<br /><br /><br />握手は約束に似ている。<br />遠い昔に約束して、またこうして出会ったような。<br />これは再会なのかもしれないね。<br />私たちは何度も死んでは生まれ、<br />いろんな国でこうして落ち合っては何かを与えあい、その度に懐かしく思う。<br />すてきな旅だな、人生って。<br /><br />体という乗り物に乗って、いろんな国を旅して、出発と到着を繰り返す。<br />終わりが始まりで、始まりが終わりで……どこまでも終わらない、永遠の旅。<br /><br /><br /><br />ヌンとはメールアドレスを交換して別れた。<br />彼女の携帯番号も教えてくれた。<br />何かあったら連絡してね、いつでも力になるから、と彼女はあの濡れた瞳で私に言った。<br /><br />彼女の魂を私は忘れない。<br />どんなに短い時間でも私は彼女と同じ時代に生き、<br />こうやってクロスしたのだ、きっと筋書き通りに。<br />あの瞳の奥の、言い表せない懐かしさを私は愛しく思う。<br />確実に私たちはお互いをすでに知っていた。<br />そして、いつかまた会える。<br />だけどなぜか今は時間がない。<br />それが切なくてたまらない。<br />どうしてだろう。<br />会おうと思えば会えるし、一緒にいようと思えばいられるはずなのに。<br />歯車がそういうふうには廻らないことを、私もヌンも、どこかで知っているのだと思う。<br /><br />小犬みたいな瞳。あんな瞳をした人を私は他に知らない。 ]]>
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<dc:date>2009-11-10T00:56:25+09:00</dc:date>
<dc:creator>kannomiya sayaka</dc:creator>
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<title>Let's make a village.</title>
<description> なんだか恋愛の実験をしているみたいだと私は思った。私は遠距離恋愛というものをしたことがなかったし、好きな人が遠くへ行ってしまうという経験もなかった。相手はいつも近くにいて、出会って、始まって、そしてなんらかの理由で終わっていった。今回は自分が作った状況とはいえ、何から何まで今までと違う。顔も見てなくて、声もずっと聞いてなくて、何かに集中していればその存在を忘れる程お互いを知らない。それでも、時間が
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<![CDATA[ なんだか恋愛の実験をしているみたいだと私は思った。<br />私は遠距離恋愛というものをしたことがなかったし、<br />好きな人が遠くへ行ってしまうという経験もなかった。<br />相手はいつも近くにいて、<br />出会って、始まって、そしてなんらかの理由で終わっていった。<br /><br />今回は自分が作った状況とはいえ、何から何まで今までと違う。<br />顔も見てなくて、声もずっと聞いてなくて、<br />何かに集中していればその存在を忘れる程お互いを知らない。<br />それでも、時間が経つごとに自動的に関係が深まっていく気がするのはなぜだろう。<br /><br />私が知っているのは、彼の飾らない性格。<br />人への配慮はもちろんあるけど、自分のことは常にオープン。<br />そういう姿勢というか、<br />自然に溢れる彼の人格を私は尊敬していたし、素敵だなと思っていた。<br /><br />もともと壁がないと感じる人の、<br />その奥をこれから知っていけるという喜び。<br /><br />恋愛は文化の融合に似ている。<br />それは、見たこともなかったトンネルの向こう側の世界と<br />こちら側の世界がどちらからともなく混じり合い、<br />お互いのよいところを持ち寄って新しい村を作るようなものだ。<br />そこにはあちら側の文化の色濃い家もあれば、<br />こちら特有の料理が味わえるレストランもある。<br />それから、二つをミックスした素晴らしい芸術が生まれたりする。<br />今まで知らなかったことを知り、違いを知り、<br />受け入れ、許し、受け入れられ、許される。<br />その『受け入れ』と『許し』が折り合わなくなった時、村は崩壊してしまうのだけど。<br /><br />私と価さんの村はどんな村になるだろう。<br />自然がたくさんあって、音楽が流れていて、<br />アメイジング・グレイスを聴くと浮かんでくるあの丘のように美しい場所があって、<br />淀みなく、あったかい村になるといいなと私は思った。<br /> ]]>
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<dc:date>2009-11-07T01:43:56+09:00</dc:date>
<dc:creator>kannomiya sayaka</dc:creator>
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<title>深海と陸</title>
<description> お腹がすいていた私は、ベーカリーショップで小さなパンをいくつかとヨーグルトを買い、一度祥子と来たデパートのとなりの大きな公園に行くことにした。公園の売店でお水を買った後、池沿いにぐるりと続いている歩道を奥の方まで歩いた。たくさんのハトがあちこちにいて、水際ではカメたちが甲羅干ししている。ちょうど入り口との対角線当たりまで来ると、黒っぽい石でできたピラミッドのオブジェが唐突に現れた。ピラミッドの他に
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<![CDATA[ お腹がすいていた私は、<br />ベーカリーショップで小さなパンをいくつかとヨーグルトを買い、<br />一度祥子と来たデパートのとなりの大きな公園に行くことにした。<br />公園の売店でお水を買った後、<br />池沿いにぐるりと続いている歩道を奥の方まで歩いた。<br />たくさんのハトがあちこちにいて、水際ではカメたちが甲羅干ししている。<br />ちょうど入り口との対角線当たりまで来ると、<br />黒っぽい石でできたピラミッドのオブジェが唐突に現れた。<br />ピラミッドの他にもいろんな彫像やなにかがあちこちに点在しているので、<br />これもアートのひとつなんだろう。<br />都会のど真ん中にあるその公園は家族連れやカップルの憩いの場らしく、<br />みんな木陰に座って思い思いに寛いでいた。<br />私も買ってきたものを広げ、ひとりピクニックを楽しんだ。<br />透明の瓶に入った真っ白なヨーグルトはホームメイド風でとてもおいしく、<br />私は時折頬を掠める風に吹かれながら満ち足りた気分を味わった。<br /><br />カンボジアで体験した、<br />自分の内側へ内側へと静かに潜っていくような作業。<br />今はそうして潜った深海から呼吸をしに水面に顔を出したような気分だ。<br />そこには空があり、太陽があり、陸地があって、日常がある。<br />水面下の世界は美しく深遠なものだけれど、<br />地上の活気に満ちた物質世界も悪くない。<br /><br />私はミュールを脱いで裸足になり、ごろんと芝生に寝転んだ。<br />すてきな服やおいしい食べ物は私をしあわせな気分にさせてくれる。<br /><br />内側と外側をつなげるもの。<br />それは、行動だ。<br />自分の中から生まれた思いを、行動として体の外に出す。<br />すると現実は、なんのためらいもなく自分の思い描くとおりのものとなっていく。<br /><br />そう考えて私は思った。<br />ああ、これがアレクセイが言っていた<br />人生という束の間の創造を楽しむってことなのか。<br /><br />背中から土のエネルギーを、<br />胸いっぱいに太陽の密を吸い込んだ私は、<br />価さんの毎日を思った。<br />日本は寒いだろうな。<br />どんな毎日を過ごしてるかな。<br />カルタゴの窓は白く曇っていて、中はじんわりと暖かくて、<br />珈琲のいいにおいが立ち篭めているんだろうな。<br /><br />カンボジアでは文明社会から離れてみようと思って電話もメールも一切しなかった。<br />私は居ても立ってもいられなくなって、<br />祥子がくれた使いかけの国際電話用テレカを握りしめ、<br />通り沿いの公衆電話へと向かった。<br />少し緊張しながらお店の番号をひとつひとつ確かめるように押す。<br />話し中のようなコール音が六回鳴り、少し渇いた彼の声が届いた。<br /><br />「はい、カルタゴです」<br /><br />「価さん？　エメです、元気？」<br /><br />「おーっ、元気元気！　そっちは？　今、タイ？」<br /><br />「うん、バンコク。元気だよ。話しても平気？　<br />　今ね、公園でぼーっとしてたらカルタゴのあったかーい空気と<br />　珈琲のいいにおい思い出して、電話したくなっちゃった」<br /><br />「おいおい、『俺の』じゃなくて『カルタゴの』かよ」<br /><br />「カルタゴ＝価さんだもん。それにまだ、価さんのにおいまで知らないもん」<br /><br />そう、私たちはまだお互いのこと、きっと百分の一も知らない。<br />少しだけ沈黙が流れた。<br />お互いを求めている、熱い沈黙。<br /><br />「……そうだよな。帰って来たら、覚悟しとけよ。<br />　二人羽織状態で四六時中くっついとくから」<br /><br />「あはは、ねえ、今お客さんいないの？　そんな変なこと口走って怪しまれない？」<br /><br />「大介がニヤついてるけど。あ、代わる？」<br /><br />電話の向こうでごちょごちょ話す声が聞こえ、<br />店の常連で私の高校時代からの友人でもある大介が電話口に出た。<br /><br />「おう、元気？　価さん、最近めちゃくちゃテンション高くてさ。<br />　もう、おかしいよ、あの人」<br /><br />電話越しに数人の笑い声が聞こえる。<br /><br />「でも、よかったな。みんな待ってるから。はやく帰ってこいよ」<br /><br />こら、それ俺のセリフだろーっ、と絶叫する価さんの声が聞こえて私は笑った。<br /><br />それから価さんが再び出て、散々面白おかしいことを言った挙げ句、<br />最後の最後に小さな声でゆっくりしておいで、と優しい声で言った。<br /><br />価さんの得意な、バナナケーキのにおいがしてきそうだった。<br /> ]]>
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<dc:date>2009-11-06T00:21:47+09:00</dc:date>
<dc:creator>kannomiya sayaka</dc:creator>
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<title>さなぎを脱ぎ捨てて。</title>
<description> それから数日後、私たちはバンコクの空港で再びハグをして別れた。また会うことを確信して。旅の出会いに感謝して。私は一人、タクシーに乗り込んだ。「スクンビット、ソイスィップ」私は空港からミハイルの携帯に電話して、再び数日間泊めてもらうことにしていたのだ。もう、一人で行けるんだよ、セッちゃん。自分で体験したらちゃんと身につくんだね、セッちゃん。日に焼けて少し痩せた私の顔が、タクシーの窓に映った。肩までの
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<![CDATA[ <br />それから数日後、私たちはバンコクの空港で再びハグをして別れた。<br />また会うことを確信して。<br />旅の出会いに感謝して。<br />私は一人、タクシーに乗り込んだ。<br /><br />「スクンビット、ソイスィップ」<br /><br />私は空港からミハイルの携帯に電話して、再び数日間泊めてもらうことにしていたのだ。<br />もう、一人で行けるんだよ、セッちゃん。<br />自分で体験したらちゃんと身につくんだね、セッちゃん。<br /><br />日に焼けて少し痩せた私の顔が、タクシーの窓に映った。<br />肩までの中途半端な髪が、不似合いに感じられた。<br />今日、切ろう。<br />私は原石なのだ。<br />磨けば光るのだから、身も心も磨かねば。<br /><br /><br />ミハイルの家に到着し荷物を置かせてもらうと、<br />私はその足でBTSに乗り、エンポリアムというデパートに向かった。<br />もちろん髪を切るために。<br /><br />少し高級そうなサロンに足を踏み入れようとして、<br />私はガラス張りのドアに映った自分がちょっとTPOを間違えていることに気がついた。<br />いや、ちょっとではなくだいぶ……。<br />いかにもバックパッカー的な七分丈の薄手のパンツとよれっとしたタンクトップ。<br />しかも足下にいたってはビーサンだった。<br />私は一瞬のうちに体の向きを変え、そのフロアにあるショップを見て廻ることにした。<br /><br />二件目のショップで、私の目はハートになった。<br />濃紺のコットン地のワンピース。<br />体にぴったりフィットするきれいなラインと、<br />胸元が少し切れ込んでいて革紐で編み上げてあるデザインに一目惚れしてしまったのだ。<br />早速試着してみた私は、鏡の中の自分を見てはっとした。<br />今までどことなく輪郭がぼやけていた「エメ」という名の女性が、<br />くっきりとそこに映しだされていた。<br />私、前は乱視だったのかなと一瞬思う程に、くっきりと。<br />私はそのワンピースに似合うデニム地のミュールも買うことにし、<br />着ていた服とビーサンをお店の袋に入れてもらって、そのまま美容室を訪れた。<br />こういうの、一回やってみたかったんだよね、と私は嬉しくなった。<br /><br />私は、カンボジアから戻ってすぐに都会の物質世界に順応する<br />自分の現代人ぶりに驚きを感じながらも、それを否定したり嫌悪したりはしなかった。<br /><br />だって、美しくなることは楽しいから！<br /><br />楽しむ自分を否定する必要なんてどこにもない。<br />私は今、バンコクにいる、アンコール・ワットの頂上ではなく。<br /><br /><br />髪をカットしてもらっている間、旅の疲れなのか少しうとうとしていたら、<br />ミス……ミス……と語りかける店員の声が遠くから聞こえてきて、はっと目を開けた。<br />そこには、希望通りのベリーショートになった新しい私がいた。<br /><br />&#12317;ちょっとメイクしてもいいかしら？&#12319;<br /><br />私がシンプルにね、と頷くと、彼女は眉を少し書き足し、<br />ビューラーで睫をカールさせてマスカラを丁寧に塗ると、<br />リップにオレンジ系のグロスをちょんちょんとのせ、<br />これでカンペキよ、とウインクした。<br />私はその仕種に一瞬、祥子を思い出した。<br /><br /><br />私はもっともっと自分を好きになっていける。<br />少しだけ強くなり、少しだけ恐れを捨てただけで、<br />こんなに胸を張って自分をみつめることができるのだから。<br /><br /> ]]>
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